パパのこと〜退院〜自宅介護
退院してから15年も経つので、その間のことを全て説明することはできませんが‥‥。
退院後のパパの様子や生活は‥‥
器質性精神障害というのでしょうね、感情のコントロールができずすぐに怒って、時には暴れたりママを殴ったりもしました。
食べることとトイレに行くことにしか興味を示さず、一つの場所に数分ととどまっていることが出来ません。常にうろうろ徘徊し、トイレに通い水を飲む‥‥1日に100回もトイレに行く日もありました。無気力というか無関心で食べることトイレ以外に興味を持って自分から行動することはありませんし、何かを続ける持久力もありません。
高次脳機能障害の典型的な症状の一つかもしれませんが、自発的な行動が不可能です。しかし、刺激に対しては反応します。テレビや周りの人の言っていることや音に対して反応を示します。パパの場合それはほとんどの場合“怒り”という形でした。
“怒り”が始まると、もぉーそれはすごいすごい怒りです。本人も我を忘れて怒り狂ってしまうのです。その場面転換をはかることは非常に困難でした。
社会復帰なんて夢のまた夢ですね。家族以外の人とコミュニケーションをとることすら難しい状況でした。病院からは見放され、介護は家族の手探りで行われました。
というより、10年以上の間、ママだけがそれを負担していたのです。

家を一歩出ればもう迷子‥‥というパパでした。
ママ大好きのパパだからでしょうか‥‥ママの姿が見えないと不安でたまりません。
パパの自発的行動のもう一つに“ママを捜す”ということがあります。
ママが洗濯物を干したり、一緒に買い物に出かけて、パパを車に置いてちょっとスーパーで買い物をしている間などに、パパはママを捜して徘徊を始めるのです。そして外に出てしまうと、もう家の場所が分からないのです。記憶障害のために「そこのお店で買い物をしてくるわね」「洗濯物を干してくるわね」というママの言葉をすぐに忘れてしまうのです。瞬間瞬間に頭の中がリセットされてしまうパパはいつも不安でたまらないでしょうね。可哀想です<br> 迷子になると警察に捜索願を出して探してもらいます。何度もお世話になりました。

脳外傷の後遺症で、よく痙攣の発作が起きました。顔が紫色になってしまう程の大きな痙攣で、救急車で病院へ運んで、注射をしなければ止まりませんでした。
痙攣で運ばれると入院するのですが、徘徊くせのあるパパはベットでじっとしているわけがなく、暴れたり怒鳴ったりします。病院には高次脳機能障害に対しての理解があまりなく、だいたいは1日で追い返されてしまうのです。
病院では手に負えないパパの手足をベットに縛り付けてしまうのです。自由を奪われたパパはますますパニックをおこします。
今まで何度も入退院を繰り返しましたが、病院の対応には不満も沢山あるのでした。

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